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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1289号 判決 1976年11月26日

控訴人 大阪貯蓄信用組合

理由

被控訴人主張の請求原因事実は当事者間に争がない。そこで相殺の抗弁について判断する。

控訴人が、別紙目録(一)ないし(七)の約束手形を所持し、それぞれ満期に支払場所に呈示したことは、被控訴人において明らかに争わないので自白したものとみなす。

そして、右のうち(一)ないし(三)の約束手形につき、被控訴人がその振出人として控訴人に対し支払の責に任ずべきことは、原判決の理由第二項中原判決六枚目表九行目から七枚目表六行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。(但し、右六枚目表一〇行目に「第四号証」とあるのを「第七号証」と改め、同六枚目裏六行目に「島津礼次」、同八行目に「島津」とあるのを、それぞれ「島津利之」と改める。)

《証拠》によると、控訴人は昭和四二年四月一〇日玉造興業と手形取引契約を締結し、その契約において玉造興業が割引を受けた手形の支払が拒絶されたときは、当該割引手形面記載の金額を支払つて該手形を買戻す債務を負担し、控訴人が自己の債権と玉造興業の控訴人に対する債権とを通知を要しないで任意に相殺しても異議がない旨を約定したこと、控訴人は、昭和四四年五月二六日帳簿上、控訴人主張の別紙目録(一)ないし(五)の約束手形金の元利のうち合計金二二五万〇、八七五円と右玉造興業の控訴人に対する定期預金債権および本件定期預金債権との相殺勘定をなし、玉造興業に対しては相殺通知をしなかつたか、被控訴人に対しては、同月二七日に翌二八日被控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、別紙目録(一)ないし(七)その他の約束手形の手形金債権金四五〇万円と本件定期預金債権の元利金とを同月二六日対当額で相殺した旨を通知したこと、控訴人は右相殺にあたり右約束手形金債権のうちどれか右各預金債権に対する自働債権であるかを特定しなかつたことが認められ、この認定に反する《証拠》は、にわかに信用することができない。

ところで、手形債権または手形買戻請求権を自働債権とする相殺の意思表示は、手形債権全額が相殺に供せられる手形についてはその交付の提供として、また一部が相殺に供せられる手形については、相手に、その旨の記載を請求する機会を与えるため、それぞれ手形の呈示をした上で相殺の意思表示をしなければ効力を生じないと解すべきであるが、上記各相殺につき自働債権にかかる上記各手形を、被控訴人にも、玉造興業にも呈示した事実をみとむべき証拠はなく(被控訴人に対して交付のなかつたことについては争がない)、かえつて弁論の全趣旨から、その呈示の事実のなかつたことがみとめられる。もつとも、玉造興業との間には、上記手形取引契約において、同会社の債務は、同会社の債権と、通知を要しないで任意に相殺せられても異議がない旨の約定がなされていること上記のとおりであるが、上記乙第一三号証(手形取引約定書)および弁論の全趣旨によれば、それ以上細目にわたる約定はなされていないとみとめられるので「通知を要しないで」相殺するとは、相殺適状の生じたときは、当然相殺の効果が生ずる意味と一応解するほかないと考えられるが、そうすると、本件の場合のように、債権または債務が数個ある場合、充当関係が約定によつて定まらず、一方、「任意に」相殺するとの文言があり、法定充当を否定している趣旨がうかがわれ、結局一定の法律効果を定めがたい約定ということになるので、上記のように当然相殺の効果を発生させる約定と解することも困難である。まして、右の約定の延長として、手形債権ないし上記手形買戻請求権を自働債権とする相殺につき、手形の呈示を要しない旨の約定をふくむと解することは、とうてい困難である。

そうすると、被控訴人に対する上記相殺した旨の通知を相殺の意思表示と解して差支ないとしても手形の呈示を欠き無効といわねばならないが玉造興業に対する相殺も、相殺の意思表示を欠くほか、手形の呈示も欠いており、無効といわねばならない。その結果、控訴人の上記各手形債権は、右相殺により被控訴人の本件定期預金債権が消滅しなかつたと同様、右相殺によつていずれも消滅しなかつたとしなければならない。

次に、相殺の意思表示が、訴訟上、相殺の抗弁の前提としてなされる場合、別段の意思がみとめられないかぎり、その相殺の意思表示は、相殺の抗弁が既判力をもつて判決で判断されることを予定し、その判断がなされなかつた場合は、はじめから相殺の効力が生じないこととする趣旨の解除条件付意思表示と解すべきであり、相殺の意思表示に条件を付することができない旨の民法第五〇六条第一項但書の規定にかかわらず、訴訟上なされる右解除条件付の相殺の意思表示は有効と解するのが相当であり、その場合、相殺における自動債権が手形債権であるときも、相殺の解除条件付であることから前記手形の呈示を要しないと解すべきである。相殺の相手方は、受働債権について訴を提起し、判決によるその確定を待つのであり、相殺の効果も受働債権存否の判断の中で同時に確定されることが期待されるわけであるから相殺が判決による判断を条件としても、それにより相手方に格別の不安定をもたらすというほどのことはなく、また、その場合手形の呈示ないし交付なしに相殺の効果がみとめられたとしても、手形二重払の危険はきわめて乏しいのにくらべて、相殺の効果につき判断を得られないまま手形を交付しなければならないとする場合、交付する手形債権者のおちいる危険な立場は相当深刻ということができるので、上記のように解するのが相当であると考える。

そして控訴人が、昭和四九年四月四日の当審第三回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、別紙目録(一)(二)(三)の約束手形の手形金債権および各満期の翌日からの利息債権を、右(一)(二)(三)の手形の順序にしたがつて、本件定期預金の元利債権と相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。

《証拠》により、本件定期預金については、利率年五分六厘の約定であつたことがみとめられるので満期たる昭和四四年七月二二日における元利合計は一一六万二、四三八円となる。そして上記(一)(二)(三)の手形についての各満期の翌日から、右定期預金の満期の日までの年六分の法定利息は(一)の手形につき一万一、五八九円、(二)の手形につき一万〇、四三八円、(三)の手形につき八、〇五五円となる。

そうすると、右定期預金の元利債権は、その満期の日に、右各手形の元利債権と相殺適状を生じ、右訴訟上の相殺の意思表示により、右満期の日たる昭和四四年七月二二日にさかのぼつて消滅したというべきであり、相殺充当の結果、右手形金債権については、右(一)(二)の手形の元利債権および(三)の手形の利息債権と手形金額五〇万円のうちの一三万二、三五六円と、以上合計一一六万二、四三八円が、対当額として消滅し、(三)の手形金額五〇万円の債権のうち、三六万七、六四四円が残つたことになる。

なお、控訴人主張の質権設定の事実は、これをみとめるに足る証拠がなく、すすんで玉造興業に対する手形買取請求権との相殺について判断する余地がないので右の計算関係を控訴人に右以上に有利にする手がかりはない。

そうすると、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は失当であるから、これを取消し、被控訴人の請求を棄却する。

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